よけいなこと

こんにちは、mzです。

不理解をひけらかすのもどうかと思うが、ヴィーガンというのがよくわからない。
そもそものヴィーガン、ヴィーガニズムというのは
・動物性食品を食べない
・さらに動物に関わるもの(革製品など)を使わない
ことを指す。
それはわかるけど、なにゆえそれを実践するの? これがわからない。

誤解を招かぬよう申し上げておくと、そういう考えの人たちがいらっしゃるのはオッケーなんです。いろんな人がいますから。
でもそれを初見の人にわかるレベルで発信してるならこれは注意信号だ。

誰かと一緒に食事する、その偏食について他の人へ説明する、って段になってはじめて「私ヴィーガンなんです」と公表する意義がでてくる。
不特定多数へ、たとえばSNSのプロフィールへ自分がヴィーガンである旨を記し主張することは、なるほど同類の人とつるむきっかけになる。
が、非ヴィーガンの人間からすると、たとえば私からすると「あ?」って思われることもあるわけだ。

他の思想聞いたことないからここでは断定しちゃうが、ヴィーガニズムで動物忌避するのって、動物の命を奪うな! ってことよね。
動物を食べないから植物を食べるね。植物には命がないもんね!

じゃねーよあるわクソが。

植物に命は、ありまぁす! ※宗教的命題

米作るためにおたまじゃくしやらなんやらの命が犠牲になってる、とかいう以前に。
奪ってますよ。命というのは別の命を奪わなきゃ生きてけない。
動物はダメだけど植物はオッケーちゅうのがもう猛烈に意味わからん。要は気持ちの問題、罪悪感を3秒ルール的謎理論で誤魔化してるだけです。

命の犠牲の上に生きるのが嫌なら、自らの命を犠牲にするしかないよ。

あとが面倒くさいから重ねてヨイショしておくが、実際ヴィーガンの人はすごいと思う。思想に殉じて我が身を削ってるのだから。
立派だなんだとかは全然思わないけど。だから尚更すごいと思う。マジで。

本題

さて、以上はまったくもって公にする必要のない、非ヴィーガンとしての私個人の思想。
ヴィーガンの人からしたらこれはまったく愉快なものではないね。過激派であればあるほどこんなものは腹立たしく感じることだろう。

非ヴィーガンの人が見た「私ヴィーガンなんです」の主張に対しても、おおよそ同レベルのストレスが伴います。

よけいなことなのよ、そんなものは。

最後に

定立(テーゼ)があればセットで反定立(アンチテーゼ)が発生する。定立の穴がでかけりゃでかいほど反定立は強まる。
いろんな考え方、思想がある。
思うだけなら何を思ってもいい。でも外へ出すならその前によーく考えないといけない。こんなチラシの裏に書いてもごくまれに噛みついてくる傾奇者がいるからだ。
もしヴィーガンの人が来て何か言っても私は受け取りません。

植物に命はあるのかい?
ないのかい!?

どっちなんだい!

っていう水掛け論にしかならぬので。上で述べたように宗教の問題です。

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